2011年10月31日

時間って何だろう。
おそらくだれもが考えることだと思う。

1200年前、天文学者の間ですでに1秒という時間は測られていた。
それは、一日を時間×分×秒(24×60×60)で割ったものだったという。
現在では、より正確な時間を規定するため、セシウム133原子がだすスペクトルの周波数(約95億ヘルツ)を標準としている。

時間って何だろう。
面白い小説を読んでいる際の一時間と、水中で息を止め我慢している際の一分との間に、59分もの隔たりがあるといわれても、何かしっくりこない。
つまらない授業では十分がとてつもなく長い。休み時間の十分はあっという間に過ぎてしまう。

時間は、ひどく主観的なものだと思う。人間の精神に密接にかかわっているものだと思う。
それを科学的な、人間の精神とは全く関係ない方法で規定していることを、我々は見落としがちである。
現在の社会において、人は皆時間に追われている。故にこの見落としは、必然なのかもしれない。
時計が無くなったら、僕も含めて皆、生きていけないんじゃないか。

何時からだろう、僕らの時間が歪められたのは。


posted by しんたこ at 13:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月30日

世界

人は誰しも世界を変える力を持っている。
例えば、誰かに救いの手を差し伸べたとしよう。
その時点で自分は、自分以外の何か=世界を変えたことになる。
それでは、みんなが世界を変えてしまえることになるではないか、と言われるかもしれない。
その通りだ。
ただ、そのことに気付かず惰性で生きている人間は数多く存在しているはずだ。
なぜなら僕も、その一人だったから。
世界を変える。と聞くと歴史に名を残すような偉業を成すことだとばかり思っていた。
僕はこんな簡単なことに気付かなかったのだ。

もちろん悪い方に世界を変えてしまうこともできる。
それは自分次第。
世界を変える、という認識を改めることで、こんなにも生きやすくなるとは思いもしなかった。
そうさ僕は、世界を変えることができるんだ。
posted by しんたこ at 00:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月29日

他人の死が怖い。
僕にはどうにもならないから。
自分がもうすぐ死ぬ、というのなら、残りの人生を悔いのないように生きよう、など自分なりに答えを見つけ出すことができるだろう。
しかし、他人がもうすぐ死ぬ、という場合、答えを見つけるのはその人自身だ。
僕はその人を見て、もっとしたいことは無いのか、とか、死をしっかり受け入れているのだろうか、などと余計なお世話を焼いてしまう。
だから他人の死は怖い。
僕にはどうすることもできないのだから。
posted by しんたこ at 12:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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