2011年06月30日

ノスタルジー

僕は人類が滅びた後の世界について考える。
僕は廃墟が好きだ。
その廃墟で、昔誰かが生活していたことを考えノスタルジーに浸るのが好きだ。
人類が滅びた後の世界には、山ほどの廃墟が生まれるだろう。
しかし、前者と後者の廃墟の間には、決定的な違いがある。
後者には、その廃墟を見て、かつてだれかが生活していたのだなあ、とノスタルジーに浸る人間が存在しないのである。
それはもはや廃墟とは呼べないのかもしれない。
人類が滅んだ後も、地球が存在する限り、動物たちは生き続ける。
新種の動物、進化した動物が出てくるかもしれない。
しかし、それらの動物を観察する人間はもういない。
今僕が絶滅した動物に思いを馳せるように、昔人間という種がいて絶滅したらしい、と人類に思いを馳せるものは誰もいない。
今日の経済の動きや、宇宙の探索、科学の進歩などの価値は、人類が滅んでしまえば、究極的に無くなる。
僕は人類が滅びた後の世界について考え、えも言われぬ不安に駆られると同時に、それはどこか痛快なところがあって愉快になる。


posted by しんたこ at 22:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月29日

悩む

僕はなぜか、いつも悩んでいる。
後でその悩みの内容を思い出そうとしても、思い出せない。
たぶん、悩んでる自分を演じてるだけなのだ。
とっくに答えは出ている。
生きることに意味なんてない。
自分で意味を見つけて人生にするのだ。
その意味が見つからないのなら、死んだって構わない。
でも死にたくないから、駄々をこねてその答えを直視することを避けている。
悩んでいれば、まだ生きていられる。
だから今日も、僕は悩むふりをする。
posted by しんたこ at 21:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月28日

他人

僕は他人とかかわることが苦手だ。
独りでいる方が気が楽だ。
だけど、心のどこかに他人を求めている自分がいる。
人間嫌いなのにかまってほしい。
矛盾してるようだけど、それは違う。
僕は、自分に都合のいい他人だけにかまってほしいのだ。
人とかかわると相手を傷つけてしまう。
相手を傷つけると自分も傷つく。
自分が傷つきたくないから、他人とかかわりたくない。
だけど、一人は嫌だ。
だから、自分にとって都合のいい人間を、傷つけられない人間を、求めるのだ。
自分勝手だと思う。
でも他の生き方はできそうにない。
生きるって難しいね。
posted by しんたこ at 23:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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